おはようございます。5度目のコーセーです。
早速本題。
忘れられた「第二の戦場」レバノンの実情について考える
アメリカとイランが停戦した後も中東で唯一、続いていたレバノンでの戦闘が日本時間17日、ようやく停戦に合意しました。ただ、これまでの攻撃による被害は甚大で、犠牲者の数もイランを上回る2300人近くにのぼっています。あまり伝えられてこなかった「第二の戦場」の実情を取材しました。
東京・港区に店を構えるレバノン料理店「ビブロス レバニーズ・レストラン」。オーナーのナジー・アメタさん(49)はレバノン出身です。
ナジー・アメタさん「レバノン料理は全然辛くない」
地中海に面したレバノンは、豊かな自然と美味しい料理で知られています。
そのアメタさんたちが見せてくれたのは、レバノンに残る親戚の家の写真です。
長男・スリマンさん「家が破壊された写真です」
イスラエルの空爆で倒壊。イランに味方するイスラム組織「ヒズボラ」を標的にしたといいます。
しかし、この家に住んでいた親戚のハムイさんは…
ハムイさん「ここにヒズボラは一人も住んでいなかった。武器もひとつもないです」
戦闘で無関係の市民が犠牲になる。レバノンはその歴史を繰り返してきました。
レバノンでは1980年代、「ヒズボラ」が結成されました。イスラエルと戦うことが目的でイランが全面支援。これ以降、イランはイスラエルとの対立が深まると、代理勢力のヒズボラを動かしてイスラエルと度々衝突。レバノンはその戦場となってきたのです。
ナジー・アメタさん「(レバノンでは)家族がケガをしたり、入院した思い出しかない。だから戦争が大嫌いです」
戦闘を避け日本に来たアメタさん、しかし頭には常に故郷のことが。
ナジー・アメタさん「ニュースはイスラエル、ガザ、イランばかり。レバノンのことはなぜやらないのか。なぜ誰もレバノンのことを知らないのか」
先週、アメリカ・イスラエルとイランは停戦に合意。しかし…その翌日、レバノンを激しい空爆が襲いました。
現地で活動する医療従事者は、空爆が予告無しに行われたと話します。
国境なき医師団 医療活動マネジャー タニア・ハシェム氏「空爆は事前通告もなく突然やってきました。それが人々に恐怖を植え付けました」
レバノンの犠牲者はイランを上回る2300人近くに(2294人死亡 17日時点)。さらに…
タニア・ハシェム氏「ここ最近の空爆の激化により、避難民が急増しています」
人口の2割にあたる100万人以上が家を追われました。
タニア・ハシェム氏「避難民らは明日がどうなるかわかりません。停戦が成立しても家が残っているかどうかさえわからないのです」とのこと。
レバノンの被害が報道されにくいことは、何らかの意図がありそうな気がする。レバノンの複雑な政治状況や国民の生活。その他諸々含めて、大きく報じられない背景がありそうだ。
そんなわけでまた後程。