こんにちは。4度目のコーセーです。
早速本題。
参政党の演説で聴衆が口論「10円50銭と言ってみな」の野蛮 私たちは「差別」にどう向き合うか 北原みのりについて考える
私の祖父は関東大震災のときに10歳で、早稲田周辺に暮らしていた。当時は移動手段として馬を飼っている家もあり、地震の衝撃で大暴れした馬に顔を蹴られた近所の女性が即死したのを見たと話してくれたことがある。話し上手の祖父の描写はあまりに怖く、地震でパニックになった馬の鳴き声を私は聞いたような気がしている。それからしばらくして、祖父の家に遠縁の男性が訪ねてきた。途中、自警団につかまり「15円50銭と言え」と言われたという。その男性は吃音があり、うまく話せなかった。「〇〇(←祖父の家)のところに行く」と言っても、自警団はからみ続けた。その時、たまたま通りかかった人が「ああ、この人は〇〇さんのとこの人だよ、私が連れていくよ」と声をかけてくれたという。“たまたま”そういう人がいなかったら、その人はどうなっていただろう。大地震後、たくさんの朝鮮人が殺された。聾唖者や吃音がある人も「朝鮮人」として殺された。
満州事変が起きたのはそれから8年後。祖父の青春時代は日本が戦争に突入し自滅していく過程だったが、関東大震災前後で日本の空気は激変したことだろう。祖父の父は映画館を営んでいた。毎日のように様々な国の映画に触れ、大正デモクラシーの自由な空気や文化を愛する豊かな空気のなかで生きていた祖父だが、大震災に続く不況、軍国主義の高揚した空気のなかで、自由な発言は許されなくなり、文化は贅沢となり、言論は萎縮し、同世代の多くが戦争で死んだ。自由で希望に満ちた文化的な空気が、あっという間に萎縮していった時代を知る祖父は、戦後、当然のように平和の尊さを孫の私に伝え、死ぬ直前まで新聞をすみからすみまで読み、政治や社会情勢について独り言のように意見を述べていた。
今年の夏、躍進した参政党に抗議する人に対し、参政党支援者が「10円50銭と言ってみな」(発言ママ)とからかうように言う動画が拡散された。とのこと。
本来差別はあってはならないが、当時の人達は誤った正義感に駆られ、間違いを犯してしまった。朝鮮人は現代でも憎いが、万が一にも殺そうという概念を持ってはならない。同じ過ちは繰り返してはいけない。震災から100年以上が経ったが、このことは忘れてはならない。
そんなわけでまた後程。